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益田商店会は島根県益田市の益田地区に拠点を置く企業、自営業者の団体です。

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益田兼見の墓

益田兼見

益田越中守兼見(ますだえっちゅうのかみかねはる)」
 益田越中守兼見は益田11代の城主で、石見地方を代表する武将であった。
 南北朝時代、周防(山口県)の大内弘世とともに長い戦乱の続いた益田地方を平定した。
 永徳3年(1383年)将軍足利義満より益田本郷、弥冨村(遠田町)、乙吉村、土田村、岡見村、飯田郷、伊甘郷(浜田市国府町)、宅野別府(邇摩郡)の本領を安堵され、益田氏の地域支配の骨格を作り、繁栄の基礎を築いた。
 敬神、崇仏の念篤く、萬福寺を建立して、自らの菩提寺とし、さらに萬福寺鎮護の神として、天満宮を境内の西南に建造した。
 時宗に深く帰依し、沙弥浄阿(しゃみじょうあ)と号した。
 明徳2年(1391年)死去。

明徳2年(1391)に没し、萬福寺境内の椎山麗に墓が建てられましたが、
昭和58年の豪雨災害復旧工事により現在地に移設されました。
墓石は高さ約1.6mの5輪塔で、傍らにはひとまわり小さな墓が並んでいます。これが父「兼方」の墓です。



益田兼見の墓から見える七尾城跡
(手前の建物は益田市立益田小学校)

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